岩槻人形博物館で、9月23日から開催中の企画展「人形作り いろはの“い” ~後世に伝えたい桐塑の技~」を見に行ってきました。
企画展に合わせて開催された講演会、「桐塑を用いた人形作りの技 ― 職人技の在処(ありか)―」にも参加したのでレポートします!
企画展「人形作り いろはの“い” ~後世に伝えたい桐塑の技~」
企画展示室はこんな感じで、こじんまりしていますが、見ごたえのある内容になっています。一番奥の壁面には頭作りなどの動画が映し出されていて、とても分かりやすいです。
今回の企画展の主役はズバリ「桐塑(とうそ)」です。
「桐塑(とうそ)」とは何でしょうか? 聞き慣れない言葉ですよね、私も人形工房で働くまでは全く知りませんでした…(汗)
桐塑(とうそ)とは桐の粉と、小麦粉から抽出したデンプン「生麩糊(しょうふのり)」を練って作った素材のことで、「ねりもの」とも呼ばれます。桐の粉には、中心部分に使う中粉(ちゅうこ)と、表面仕上げに使う細かい粒の面粉(めんこ)があります。
今でこそ石膏で量産できる頭(かしら)が主流ですが、以前は「硫黄釜(いおうがま)」と呼ばれる、硫黄で作られた型で桐塑を作っていました。
下の写真の一番右が、釜(かま)から外して乾燥させた「生地抜き」という工程の頭(かしら)です。その次に「目入れ」の工程で、ガラスや樹脂製の目を「胡粉(ごふん)」と呼ばれる貝殻からつくられた塗料で接着します。さらにその上から、胡粉で「地塗り」を行います。
「置き上げ」の工程では、耳や鼻や唇に置き上げ用のねっとりとした胡粉を置き、立体感を出します。その上にさらっとした胡粉で「中塗り」をします。
胡粉には、地塗り・中塗り用の胡粉と、上塗り用の胡粉があります。それを「膠(にかわ)」と呼ばれる動物の皮や骨などを水で煮沸し溶液を濃縮・冷却・凝固してつくったゼラチンと溶かして混ぜて作ります。
江戸時代になると人形職人という職業が登場し、様々な絵巻や書物に描かれる様になりました。働く人々を描いた職人絵『近世職人尽絵詩』には、刷毛で人形に胡粉を塗る職人の傍らに火鉢が描かれています。小鍋で膠を湯煎して溶かしている様子です。
そこには「今ハにかハ(膠)の加減のむつかしき(難しき)時にて候」という詩が添えられています。膠の溶かし具合や配合が胡粉作りの要で、今も昔も職人達を悩ませる難しい作業だという事が伺えます。
頭の職人「頭師(かしらし)」が一番神経を使うと言われる「切り出し」。目の形を切り出して、瞳の形を決めていきます。さらにその上から胡粉で「上塗り」をして、やっと「毛描き・面相」といった筆が入ります。
「切り出し」の工程に使う小刀や彫刻刀は、こんなに色々な種類を使うみたいです! 地塗りの刷毛は、使っているうちに桐塑の頭の形に変形していく様です。
髪の毛を付ける「毛吹き」の工程では、姫の髪型「おすべらかし」の型を張り付けて髪を結います。結髪をして玉串を付ければ完成です♪
髪の毛は「すが・すが糸」と呼ばれ、撚りをかけない生糸を染めて使用しますが、「人絹(じんけん)」と呼ばれる化学繊維の物も使われています。
因みに「おすべらかし」の型はこんな形をしています。これを頭に張り付けて髪を結います。櫛やハサミ、目打ちなどの道具を使って結髪をします。
個人的にツボだったのが、「雛人形の舌」。小指の爪よりも、とっても小さくって可愛らしい舌。こんなに細かい仕事をしてたなんてビックリです!
展示室中央には「さわってみよう!」のコーナーがあり、なんと桐塑に触る事ができます^^
こんな制作途中の雛人形に触れるなんて、滅多に出来ないですよね! 貴重な体験でした。
見学に来ていた小学生の団体には、このコーナーが大人気。「すべすべする〜!」とか、「ざらざら〜!」とか楽しい声が聞こえてきました(笑)
耳の置き上げも、間近にじっくり観察できました。
博物館では「ワークブック」なるものを配布していて、ドリルみたいに穴埋めの問題があり、展示を見ながら回答出来る様になっています。小学生たちもバインダーにワークブックを挟んで首にぶら下げていました^^
企画展のパンフレットは人形作りの教科書の様で、私の中で永久保存版となりました。年間パスを持っていると300円安くなるのでおトクです!
企画展のグッズも可愛いものがたくさん♪ 一筆箋やポストカード、しおりなどがありました。
因みに、ほっこりしていてとても可愛らしい今回の企画展のイラストは、菅澤 真衣子さんというイラストレータさんが手掛けているそうです。
講演会「桐塑を用いた人形作りの技 ― 職人技の在処(ありか)―」
講演会は10月23日(日) 午後2時〜人形博物館の会議室で行われました。「埼玉民俗の会」の内田幸彦さんのお話をたくさん聞くことが出来ました。
内田さんは鴻巣の「赤物(あかもの)」を専門に研究している方です。桐塑人形に詳しく、今回の企画展のパンフレットにも寄稿しています。講演会の内容を自分なりに少しまとめてみます。
桐塑(とうそ)の特徴は?
- 粘土の様に弾力性・粘着性・可塑性(力を加えて変形させた後に、形が元に戻らない性質)に優れている。
- 乾燥後に、彫刻したり着色したり紙や布を貼り付けたりなどの加工ができる。
- 軽くて丈夫。輸送に適している。
出典:鴻巣市ホームページより「赤物(あかもの)」と呼ばれる縁起物の人形たち。
「桐塑人形(とうそにんぎょう)」は国指定重要無形文化財だった!
「桐塑人形」が国指定になったのは平成元年(1989年)。通称「人間国宝」と呼ばれる重要無形文化財の保持者は現在、京都の林駒夫さん1人しかいないのです!
桐塑の型抜き技術によって、複製量産が可能になった!
重要無形文化財の「桐塑人形」は世界に一点物の“芸術品”であるのに対し、素材としての桐塑の特徴を最大限活かしているのが、岩槻の雛人形や鴻巣の赤物です。「型抜き」により大量生産された製品は、中山道沿いに流通しました。「型」を用いた手工芸による大量生産技術は、近代以降の機械を用いた大量生産技術の原型ともなっています。
職人にはできて機械にはできないこと
機械による大量生産は、「同一な運動軌跡を描く」のに対し、職人はその都度条件(環境、体調、感情など)が違っていても半ば無意識的に運動軌跡を柔軟に変化させる事によって変化に適応する技術であると、ロシアの運動生理学者の論文「反復なき反復としてのわざ」を例に挙げていました。
「民藝(みんげい)」という美の観点から
「民藝(みんげい)」という思想を唱えた柳宗悦(やなぎむねよし)という思想家がいます。民藝とは「民衆的工芸」の略語で、民藝品とは「一般の民衆が日々の生活に必要とする品」という意味です。個人による美術品より、非個人の普遍的な工芸品に価値を見出し、分業による大量生産も民藝の重要な要素と考えました。美術の本流ではないとされていた、版画や拓本にも「美」を見出しました。柳宗悦著『工芸の道』という本の中に「人の手が主、機械が従であるべき」という言葉が記されているそうです。
感想
内田さんが寄稿した企画展のパンフレットに、桐塑についての詳細が書かれています。民藝の話は書かれてなかったので、民藝ファンとして講演会に行って良かったなと思いました^^
質疑応答で「現在は色んな素材(樹脂など)があるが、今後桐塑はどうなるか?」という様な質問をすると、「量産技術が変化して素材が変わっていくのは当然のこと。でも、伝統的なものが残る余地はあると思う。」との回答をいただきました。「消費者が求めれは残る」という言葉も心に残りました。気楽に参加した講演会が岩槻の雛人形の未来を考える機会となり、とても感慨深かったです。
おまけ
人形博物館の隣にあるヨロ研カフェに寄ってみました。
企画展にからんで和菓子屋さんがコラボしたお菓子「雛くじ」が売っていました。
ちゃんと木の棒が刺さっていて、頭(かしら)感が出ています^^ 種類は「とうそ」「おびな」「めびな」の3種類。「とうそ」はこんな感じで、つるっとしています↓ はちみつ入りの白あんが入っていて、見た目も可愛らしいお饅頭でした♪
レポートが遅くなってしまいましたが、今回の企画展は12月4日までの開催です。 次回の企画展は2023年1月28日(土)~2023年3月19日(日)まで「描かれた雛祭り ~にんぱくの浮世絵コレクション~」が開催の予定です^^ 岩槻人形博物館は面白い企画展が沢山なので、一度足を運んでみるのもオススメです♪