おでかけ エッセイ 窯元・工房

森山窯へのみちすがら

ー2013年5月の記録 温泉津焼 森山窯の道中にてー

深夜バスが出雲市駅に着いたのは早朝の事で、眠気で頭はぼーっとするし、全身が怠かった。

山陰本線に乗り、1時間ほど窓の外を眺めた。

どんより静かな日本海を背景に、赤褐色の屋根瓦が視界の中を次々と横切って行った。

 

 

温泉津駅で降りたのは、地元のおばあちゃんと観光客らしきおじさんと私の3人だけだった。

駅のホームを撮影し終わる頃には、ふたりともどこかへ消えていた。

 

 

改札を出ると「やきもの館」へ行くバス乗り場を探した。
駅前には小ぶりな旅館の送迎バスしか停まっておらず、路線バスのようなものは見当たらない。

近くに停車しているタクシーへ近づくと窓が開いた。おじさんの顔が見えたので、
「やきもの館へ行きたいんですけど、どのくらいかかりますが?」と尋ねた。
「タクシーだと700円くらいかかっちゃうけど、そこのバスなら160円くらいで行けるよ、もう次の電車が着いたら出発するよ。」
一目見て私を観光客だと悟ったように、おじさんは快く答えてくれた。

タクシーの運転手がバスと呼び、指差した方向には旅館の送迎バスのようなワゴン車があった。
その“バス”に近寄ると、私に気づいた運転手が乗車ドアを開けてくれた。
「あの、やきもの館へ行きたいんですけど…」
ワゴンのステップに足をかけながら私は尋ねた。
「はい、160円ですね!」
運転席から振り向いた顔は、小麦色の肌に太い眉で明るいハキハキした声が良く似合っていた。

私は乗車ドアからいちばん近いシートに浅く腰掛け、前屈みになって財布を取り出した。
「先払いですか?」
「あ、先でも後でもどっちでもいいですよ、ゆるい感じなんです。」
あっけらかんと笑いながら青年は答えた。
私は財布から160円取り出すと、運転席の横にある透明な箱に投入した。
小銭が落ちる鈍い音がした。
「ちょっと、他に乗る人がいないか見てくるので待っててください。」
青年は走って駅のホームを確認すると、すぐに戻って来た。
乗客は私一人のままバスは出発した。

 

 

「どこから来られたんですが?」
観光客へのお決まりの質問に、私は窓の外の風景を流し見ながら東京からですと答えた。
「じゃあこの辺のことは良く知らないですよね?」
「そうですね、全然調べても来なかったし、わからないです、はい…」
私が答えるや否や、待ってましたと言わんばかりに街の観光ガイドが始まった。

「この街には温泉は古くから湧いていたんです。平安くらいから。
でも戦国時代になると、銀山が見つかってね、武将たちの取り合いになったんです。
だから、戦国時代から江戸時代に栄えた町なんです。毛利元就が治めていたんですよ。
でも明治、大正、昭和と廃れてきましてね。温泉津(ゆのつ)って“ゆぬつ”って発音していたらしいんですよ。
あと、“湯の郷”なんて言ったりもしたらしいんです。
それで2007年に温泉街が世界遺産に登録されたんですよね。
温泉まち一体が登録されてるのは、ここだけなんです。」

青年の話に相づちを打っていると、フロントガラスの向こうに車道の脇をとぼとぼ歩くおばあちゃんが見えた。

 

 

「あ、ちょっと待ってください。 あのおばあちゃんよく乗るんですよ。」
そう言って青年は運転席の窓を開けた。

「おばーちゃーん!! 乗ってく〜?」
おばあちゃんは大きな声に振り返り、何か答えた様子だった。
青年はうなずいて窓を閉めた。

「このバス、観光だけじゃなくて生活の足も兼ねてるんです。」
落ち着いたトーンの声で私に説明すると、青年は何事も無かったかのようにガイドの続きをした。

おばあちゃんはまたとぼとぼ歩き始め、バスはそれを追い抜いて行った。

 

 

温泉街に入ると温泉や旅館に混じって、お寺や神社も見かけた。

「こんな小さな地域にお寺さんや神社がたっくさーんあるのも温泉津の特徴なんです。
あ、ここは地震で湧いた温泉です。かけ流しが2件あるんですけど、
こっちの元湯はあっつくて、地震でわいたさっきの薬師湯の方はちょっとぬるめですね。」

 

 

バスは狭い温泉街の道を器用に通り抜けると、山道を進んだ。

青年の案内が一旦落ち着いたので、帰りは温泉街の写真を撮りながら歩いて駅まで向かう事を伝えた。

「帰り歩いて帰るなら、近道教えます。ここです、ここを下っていくと、さっきの道に出ますんで。」
青年は草まみれの林道を指差した。

近道から少しバスを走らせると、やきもの館らしき建物の前でバスは停まった。

 

 

「焼き物に興味があるんなら、窯元さんも見ることをお勧めします。」と青年が言うので、
「本当はやきもの館の近くの、森山窯に行きたいんです。」と打ち明けた。

「あ、森山さんちね、ちょっと1回座ってください。」バスは少し先まで走り、またすぐに停まった。
「ここの坂道を上っていくと、草だらけの道になります。そこを少し右に曲がるとすぐありますんで。」
青年は森山窯への行き方を教えてくれた。

御礼を言って降りると、バスはそのまま山道を上って行った。

観光客にこうして案内をするのも、地元のおばあちゃんに優しく声をかけるのも、青年にとっては当たり前の日常のようだった。

 

 

目の前には立派な登り窯があり、窯の傾斜沿いに小道が続いていた。

私は坂道を歩き始めた。

初めての一人旅。
旅の案内人はひょっこりと現れ、こうして私を目的地へと導いてくれたのだった。

 

 

 

 

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